アマチュアな日々

原付旅をメインに、本や映画、散歩にゲームなど、その時々の出来事を気ままに記す、という趣向のブログ。やめたくなったら即やめます。

映画『希望の灯り』を観た。

素晴らしかった。200000000点。

 

トーマス・ステューバー氏は1981年生まれの若き映画監督である。

前情報なしでTSUTAYAの新作コーナーからジャケ借りしてきたため、あまり期待もせずに映画を見始め、扱う題材や人物の撮り方、画面の構図の絵画みたいな美しさから勝手に老齢の技を描き上げた作家像を描いていたのだが、見終わって作品を調べたとき、自分と10個ほどしか変わらない人がこの映画を監督していると知りひじょーーーに驚いた。

ここ数年の若い映画監督が創る作品が好きだ。最速最高青春映画『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ、個人的オールタイムベストの一本『わたしはロランス』を撮ったグザヴィエ・ドラン、そして『希望の灯り』トーマス・ステューバー。

主演の人も超良かった。フランツ・ロゴフスキというドイツの俳優らしい。

優しさと狂気、穏やかななかにも手を伸ばせば噛みつかれそうな危うさを孕んだ主人公の性格を完璧に演じきっている。顔に力がある。いかにも演技派といった顔。とてもいい顔。

 

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(フランツ・ロゴフスキと共演のサンドラ・フラー。ふたりとも色気むんむんで演技も良くて本当に素敵な俳優。)

 

静かで、美しく、陳腐だがまさしく絵画のような映画だった。

物語のほとんどがスーパーマーケットのなかで進行する。

とはいっても客とコミュニケーションを取る場面はほとんどなくて、店の在庫の管理が主人公クリスチャンやそのほか登場人物たちの仕事である。勤務時間帯は夜間。客のはけた通路の冷たさが印象的だった。脇にうずたかく積まれたアルコール飲料がなくなることはなく。従業員の年齢層が高めで、画面に哀愁が漂う。フォークリフトを使うシーンが頻繁にあるのだが、監督含めて、メインの登場人物を演じた人は全員が免許を取得しているらしい。実際にスーパーで2週間勤務したとのだもいう。こういったコツコツ組み上げられた土台が作品に説得力を与えているのだろう。たしかにそこにいるだろう人物、語弊を恐れずに言えばそこにしかいそうにない人物だけによって描かれる世界。必然性の雄弁がある。キャスト全員がお見事。

映画には原作の小説があるみたいだが、まず、倉庫的な場所を舞台にしている作品という時点でちょっと個人的にはツボというか、まさしく「まるでまた職場へ戻ってくるためだけに帰宅している」ような閉塞感を抱えた人たち、その箱のなかで自分たちなりの楽しみや抜け道を見つけて紛れぬ気をどうにかこうにか紛らそうとする人たち、底抜けに孤独な人たちの物語を、過不足のないユーモアや、ちっとも退屈なところがない尖った語り口で鋭く描き出す演出で彩るこの作品は、とにかく優しさに満ちている。

 

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だからといって、単にハートウォーミングな物語というわけではない。

日本版のとあるポスターには「慎ましく幸せな物語」という文句が書かれていた。これについては前々から不満を感じているのだが、どうもこの国に入ってくると宣伝文句がどれもこれもちょっと柔らかくなるというか、とっつきやすさばかりを重んじる風潮があるというか、身もふたもないことを言ってしまえば口当たりが良すぎるというか、そういう要素があちこちで見受けられる。『希望の灯り』については御多分に洩れずなのか知らないが、俺の見た限り、この作品にある灯りは、あくまでも、ものすごく寂しい心を抱えて生きる人たちの振り絞った明るさが頼りなく燃えて照らすものと感じるもので、全編にわたって覆う空気はむしろ息苦しく、最後の最後でようやく希望の一片が見える程度のものだった。それだって流れを汲んで見れば取って付けた感があるし、どことなく不穏なままで終わる。突き抜けることはなく、カタルシスは薄い。ブルースの音色がある。

幸せな物語、と断言してしまえるものか、おおいに疑問が残る。

だがしかしそのパッケージを手にとって観る気になったのだから、自分の首を絞めるようであまり強いことは言えないが。

 

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(C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

 

作品は最初から最後までおとぎ話の起承転結はなく、展開はあくまで現実的だった。つまり変化に富んではいない。

わずかに立った波紋といまにも消えそうな波紋が重なる瞬間を切実に描いて、人間の脆さや逞しさを同時に浮かび上がらせる。無感動の人生の感動。身を切るような友情と愛情。孤独のなかにあってそれらは強く燃える。なんて苦しい希望だろう。

物資に恵まれた冬の寒さ。

美しく青きドナウ

 

深夜から朝にかけての時間に鑑賞し、朝焼けのなかで余韻をコーヒーでちまちま流しこみながら、あらゆる感情をひとりきりでそっと噛みしめたくなる映画。

 

傑作でした。

 

希望の灯り : 作品情報 - 映画.com

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